最近の○○・バックナンバー 4(2008年〜)最近の仕事と懐かしい文庫(2008.5.13)こんにちは。ザ・たっちと宮崎哲弥さんの見分けがつかないパオロ・マッツァリーノです。 次の単行本の原稿をゴールデンウイーク中にほぼ書き上げまして、ホッとしているところです。まだ本文以外の作業が残っているので、実際に刊行されるのはもう少し先になりますが、一冊ごとに趣向を変える私ですので、今度のもこれまでとはひと味違った本になります。数奇な運命をたどった原稿を長期にわたってまとめただけに、とても感慨深いものがありますが、っていってもなんのこっちゃわからないと思いますが、とりあえず楽しみにお待ちください。 さて、いま『蟹工船』が大ヒット中で文庫の増刷が追いつかない状態なんだとか。またずいぶん懐かしいリバイバルですね。私はずいぶん前に読んだつもりなんですけど、内容の記憶がないところを見ると、途中まで読みかじってやめたのかもしれません。『反社会学の不埒な研究報告』に収録した「あなたにもビジネス書が書ける」でも蟹工船の話題を登場させてるんで(時代の先取り?)、読んだんじゃないかなあ。あやふやだな。 これにかぎらず古典とか名作の類は、学生時代とオトナになってからとでは受ける印象がかなり変わることが多いので、ぜひ再読してみることをおすすめします。というか私はむしろ、古典はオトナになってから読むほうが絶対におもしろいと思ってます。たとえば、漱石の『吾輩は猫である』なんて、中高校生が読んでも絶対つまんないはずです。少なくとも古典落語をおもしろいと思えるくらいの歳にならないと、あのおもしろさは理解不能でしょう。 『蟹工船』がお気に召したというかたに、私からぜひおすすめしたい本があります。『セールスマンの死』(ハヤカワ演劇文庫)です。アーサー・ミラーの有名な戯曲で、それこそ日本でも何百回と上演されてるのでしょうけど、この名作が2年ぐらい前にようやく文庫化されたんです。単行本もしばらく前から絶版に近い状態だったというのに、遅い。遅すぎる。 1949年、戦後まもなくに書かれた戯曲です。それなのにまったく古くない。まるで現代の状況を予測していたのかと驚かされます。当時は主人公のセールスマンの悲哀が主眼だったのでしょうが、いま若いみなさんが読めば、主人公の息子ビフが置かれた状況のほうに共感することでしょう。高校でアメフト部の花形だった彼は大学に行けず定職にも就けず、フリーターのような生活を送っています。逆にいえば、50年前、今と同じ社会状況がアメリカですでに出現していたということなんでしょう。 これとは全然毛色の違う本ですが、こないだ本屋で『あばれはっちゃく』の文庫を見つけたときもちょっと驚いて即購入しました。30、40代の人にとっては懐かしい響きですねえ。といっても思い出すのはテレビのほうで、原作本はさほど読まれてないのかも。 こちらも文庫になるのは初めてみたいです。毎月毎月大量の文庫本が発売されるわりには、なんでこの名作がいつまでたっても文庫化されない、と義憤にかられる本好きのかたも多いはずです。 文庫担当の編集者の選球眼が悪いのでしょうか。それもなきにしもあらずなんですが、他の事情のほうが大きいようです。ひとつには、著者の中には自著の文庫化を承諾しない人もいるようなんですね、なんでだか知らないけど。この場合は、著者が死んでから著作権を継承した遺族がオーケーするのを待つしかない。 もうひとつは、単行本の出版社が承諾しないケース。あまり知られていないことなんですが、単行本をべつの出版社が文庫化する場合、文庫の出版社は単行本の出版社に印税を払うことになってます。これは法律的に決まってることじゃなく、商習慣として日本の出版業界で行われていることなんです。 ところがそれでも単行本の出版社が文庫化を拒否することがあります。こっちが発掘してカネかけて出した本を、文庫屋が横からさらうようなマネしやがって、という理屈にも一理ありますが、著者としてはいい迷惑です。多くの著者にとっては文庫化の印税に生活がかかっているのに、出版社がジャマするんですから。だったら、おまえら単行本もっと売れよ! といいたくもなりますわな。法律的には文庫化の権利は著者側にあるので、出版社に拒否する権利はありませんが、かなり有名なライターのかたでさえ、もめごとを嫌って、文庫化を断念したという話を聞きます。 この出版社のわがままのせいで文庫化されていない名作って、じつはかなり多いのではないかと私はにらんでいます。少なくとも、品切れ状態になった単行本は、べつの出版社が文庫化を申し出てもじゃましないでほしいものです。 ●最近の仕事とモーツァルトじゃ癒されない私 (2008.3.27)こんにちは。カラオケではもっぱらテレサ・テンの「つぐない」を歌うパオロ・マッツァリーノです。 角川書店のPR誌『本の旅人』4月号にコラムを書きました。「私のこだわり」というテーマで短いものが3本載ってます。とびとびのページに掲載されてますので、お読み逃しのないよう。さて、私がこだわる3つのものとは、いったい……? 最近あまりこのサイトのコラムを更新してないのですが、仕事をしてないわけではありません。ブログなどというしちめんどくさいものを始める気はありませんけど、毎週きっちり「日本列島プチ改造論」のほうは更新してますから、そちらをお読みいただければ、日頃私がどんなことを考えているか多少はおわかりになるかと。 他にも単発の仕事などをちらほら受けたりもしてます。こないだは某雑誌のアンケートに無償で答えまして、発売された雑誌を本屋で立ち読みしたら豆粒みたいな活字でコメントが載っててしかも誤植で意味不明の文章にされてて不愉快な思いをしたりとか、まあ、いろいろあります。 一部書店のかたにはずいぶん前から予告しちゃってる私の次の単行本ですが、あとひと踏ん張りです。山登りと同じで、頂上が見えてからが一番苦しくなります。山登りはしたことありませんけど。 その他にも、企画だけはいくつも進行してますので、おいおいカタチになっていくはずです。気長にご期待ください。 さて、前回クラシックとオーディオの話をしましたが、その後、優秀録音盤と評判のものを中心にクラシックCDを買い集めて聴いてみました。ジャズファンの私にとって、ひさびさに集中して聴いたクラシックはなかなか耳に新鮮でした。 ひとつわかったのは、私はモーツァルトの音楽を聴いても癒されない、ってことですね。モーツァルトで癒されるだの病気がなおるだの乳がよくでるだのと、ちまたの評判は上々ですが、あんなひらひらした浮わっついたメロディーで癒されるのかなあ? あの時代の音楽はそういうものだといわれればそれまでですが、癒されるというより、単にBGMとしてじゃまにならない音楽というだけなのでは。 私にとって、モーツァルトの音楽はウエストコーストジャズですね。ウエストコーストジャズってのは、1950年代にアメリカの西海岸を中心に流行したジャズの流派です。軽く明るく、口当たりのいいスナック菓子みたいなので、私もジャズを聴き始めたころはよく聴いたものです。でも調子に乗って聴き続けると、あるとき突然、飽きが来るんですね。もう一生聴かなくてもいいや、と。モーツァルトにも似たような軽さを感じます。もちろん、ウエストコーストジャズを何十年も聴き続けてる愛好家もいますから、モーツァルトばかりを聴く人がいてもおかしくはありません。 モーツァルトのピアノ協奏曲第20番をジャック・ルーシェというピアニストがジャズにアレンジしたバージョンがあるんです。ルーシェは正直あまり好きではないのですが、この盤は気に入ってます。ジャズなので当然のごとくベースとドラムが加わって、ストリングスよりデカいツラしてます。ことに第3楽章はクラブジャズファンにもウケそうなアレンジなんですけど、これ聴いたクラシックファンのかたがどういう感想を持つのか興味あります。楽聖への冒とくですかね? ●最近の仕事と突然のクラシック熱 (2008.2.2) こんにちは。ジョニー・デップより来日回数の多いパオロ・マッツァリーノです。 さて、話はがらりと変わりまして、これまたずいぶん前ですが、正月に『のだめ』のドラマを見たんです。そしたら、ブラームスの交響曲第1番が気に入って、CDが欲しくなりました。 普段聴く音楽の95%がジャズというこの私に、たまにはクラシックを聴いてみようか、と思わせるくらいですから、『のだめ』が日本のクラシック普及に与えている影響力ったらもう、計り知れないものがあることでしょう。 とはいえ、クラシックの知識がほとんどない私、どのCDがいいのかわかりません。ガイド本などをいろいろ調べた結果、ミュンシュ指揮・パリ管弦楽団のが名盤とのことで、さっそく購入。家に帰って聴きました。爆笑です。 これはひとえに、ウチのオーディオのせいなんです。ボーズの501Xというスピーカーを長年愛用してまして、こいつは低音をぐいぐい押し出す感じで鳴るんです。ベースやドラムを楽しむジャズにはうってつけなので、年代物だけど、なかなか手放せません。でもクラシックだと、ちょっとバランス悪いのは否めません。繊細な音を好むオーディオオタクは、ボーズのスピーカーのそういう傾向をけなしたり、オーディオ入門者にボーズは買うなと独善的なアドバイスをしてますけど、音の好みも聴く音楽も人それぞれなんだから、よけいなお世話です。 しかし聴いてるうちに、いくらボーズの再生音とはいえ、音がごしゃっと固まってるように思えてきました。ミュンシュ盤は1968年の録音ですからね。これはもしやCDの録音状態がいまいちなのでは? もっと新しい録音のものだと、93年録音のバレンボイム指揮のがいいらしい。再度CD屋へ。ジャケの写真がなんかゲイっぽいたたずまい(べつにゲイの人に対して偏見はありません)。こちらを聴いてみると、あっ、ティンパニがちゃんと奥で鳴ってる。全体的な音の粒立ち・広がりもいい(ボーズで聴いてもわかるくらいに!)。ただ、演奏があっさりしすぎなような? ミュンシュ盤のほうが苦悩に満ちてて聴きごたえあるような? まあ、これも好みの問題でしょうけど。 今回私が学んだのは、クラシックのCDは録音がよくないとつまらないってことですね。そこで一枚、おすすめのCDを。『カンターテ・ドミノ』(輸入盤のみ)。いわゆる讃美歌のコーラスですが、その昔、オーディオ評論家の長岡鉄男が優秀録音盤と絶賛してただけのことはあります。スピーカーで鳴らすと部屋が教会になります。仏教徒でも心洗われます。最後の「ホワイトクリスマス」だけは伴奏のオルガンが中途半端にスイングしてて、おちゃめ。 |